うつ病ねこの足跡

うつ病ニートの病状記録

風邪ひきねこと鬱病のおはなし

お昼ご飯を作ってもらって食べ、頭痛がおさまらなかったので鎮痛薬を飲み、布団に潜り込んだ。

目が覚めたらこんな時間になっていた。頭は痛くないが、喉の気持ち悪さはそのままである。

今日は何もしていない。だめねこである。こっちにきてから、洗濯物を干したり洗い物をしたりと細々と家事をしていたのだが今日はまかせっきりである。家事手伝いとも呼べないニートだ。ニートである。

今もなお、起き上がる気力がなく暗闇の中でブログを書いている。なんだか頭がぼんやりしていて、体もだるい。

喉はここ最近ずっと気持ち悪いまま。昨晩は寝ながら咳をしてむせていたそうだ(覚えていない)。さっさと自然治癒してほしい。普通の病院に行くお金は精神科へまわしたい。最初よりは喉の痛みもマシになったし、早く治るのを願うばかりである。

ついでに、うつ病もさっさと治ればよいのだ。そもそも私はうつ病なのだろうか(以下ループ)。

目に見えないものを治すのは難しい。目に見えないものを認めるのも難しい。

「あー、ほらここ。見えますか?ここに心の傷があるんですよ。これのせいですねー」などと言えるようならどれだけ楽か。

ニートになってストレスの原因から解放された分、死に急ぐことはなくなった。しかし社会が望んでいるのは死なないニートではないのだ。死ななければニートでもよい、というわけではない。社会復帰できてこそ治ったと呼ぶ。

社会復帰させるくらいなら死なせてくれ、といった感じである。死にたいと考えないように生きているだけで、生きたいわけではないのだ。

私はニートねこであり、ひきこもりねこである。圧倒的に生活能力がない。誰かに言われなければお腹が空くまでご飯を食べないし、喉が渇いても体が重ければ水を飲まない。だから、枕元に水の入ったペットボトルを常備する。

いつも横になってばかりだ。横になってぼんやりしているうちに一日が終わる。どんどんだめねこになっていく。死ぬ気力もないのだ。

鬱病は元気になったときのほうが危ない』というのも頷ける。

死にたい。休養の期間なのだといっても時折何もしなくていいのだろうかと思う時がある(同じように何もしたくない時もあるのだが)。

理解のなかった母親はニートになった私を責めなくなり「ちゃんと病院へ行きなさい。ちゃんと薬を飲みなさい」というふうな電話を寄越すようになったし、保護されたことでニートでも生活できている。

それでも死にたくなるのだ。死ぬ気力もないと、眠っているうちに死なないかなあなどと考える。

眠るように死ぬのは私の理想の死に方だ。だから何度も非定型で首吊りの練習をしていたことがある。なかなかうまくいかなかったけれど。

私はただ、死ぬ練習をしていた死にたがりなだけで、うつ病ではないのではと自分を疑うことがあるのだがこれはよくあることなのだろうか。

うつ病じゃなかったんだ!働けるぞ!今すぐバイトの面接受けにいかなくっちゃ!まずは出かけよう!出かけてどんなところで働けるか探すんだ!やったー!うつ病じゃないってすばらしい!

 

なんて言っていたら躁転したと思われそうだ。

どんな状態なら健康な精神なのだろう。

 

 

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