うつ病ねこの足跡

うつ病ニートの病状記録

ニート装備ねこ、思考する

着る毛布を着用している。ずっと前にニトリで買ったもので、愛用品である(ちなみに夜行バスに持ち込もうとしたが、かさばるため断念したものだ)。170cm用なので普通の毛布としても使える優れものである。しかし、最近ネットでたたかれていた。確かに、ちょっと薄い。ぺらぺらだ。安物だから仕方ないが、これ一枚では寒いだろう。愛着がわいているので別にたたかれていようがどうでもいいのだが、世の中には『これを着ていれば暖房なんていらない!』と言われる着る毛布があるらしい。少し興味がある。それ一枚でいいなんて便利ではないか。もう、布団なんていらないのでは(それを言ってしまうと最終的にはあの、歩くこともできる寝袋が完璧になってしまう)。

今、着る毛布を着用し、膝の上にPCを乗せこれを書いている。こんな恰好をするのは〆切に追われるライターかニートくらいだ(偏見)。

これでさらにねことこたつがあればもういうことはない。

だが、ニートにねこを買う余裕はないのだった。ねこのために就職するべきか……。薬が効いているのか、今はさほどつらさを感じない。バイトできる気分だ(おそらく面接を受ける頃には鬱々としているだろう)。

この浮き沈みは誰にでもあるものなのだろうか。私の鬱程度はどのくらいなのか非常に気になる。

バイトしてみて、だめだったら死ねばいいかなあなどと考えるあたり、まだ働くべきではないのだろうか。せっかく時間があるのだからと、小説賞に応募しようと思っていたのに、その次の日にはまったく気力がなくなっている、ということが多い。これもまた、『私は実は鬱などではなく甘えているだけではないのか』と考える要因である。

どうなったらうつ病ではないと認められるのだろう。きちんと働ける、えらいねこになりたかったと常々思う。「じゃあなればいいじゃないか」と脳内がいう。一体全体何が正しいのだろう。

働いてだめだったら辞めるなり、死ぬなりしたい。こうして焦って長引いてしまうのか、なるほど。

うつ病のひとは一度は聞いたことがあるのではないか、と思われる『ツレがうつになりまして』には数か月で治るな、などと考えていたらとても時間がかかった(超要約である。気になる方は一度読んでみるのもいいかもしれない)という話があるのだが、それを読むと私はどうなるのだろう……と考える。『きちんと治療すればうつは治る』らしいが、そこへ至る道のりが大変だ。

幸いにも私は、なんとか親の理解を得て(最初は散々罵られたが)保護してくれるひとがいる。そうして、ニートをすることができている。ニートできるような裕福な家庭ではなかったので、これはほぼ奇跡に近い。ポジティブに考えるなら、『私は何者かに生かされている』のだ(現実的には母と保護人だが)。

私には昔、たくさん夢があった。イラストレーターになりたかったし、小説家にもなりたかったし、クリエイターにもなりたかったし、アニメーターにも、エンジニアにも、プログラマにも……つまり、何かを生み出す仕事がしたかったのである。そして、ひとに認められるようなことがしたかった(いつの間にか肩身の狭いニートだが)。

そして昔からあまり人づきあいが得意ではなかったため、一人で完結するようなことばかりしていた。ネットを知ってからはネットばかりしていた。仕事も、できれば在宅がいいなあなんて考えていたくらいである。

 

ネットの海にはそのころの残骸が浮かんでいることだろう。

 

この一年間の猶予期間、自分が何をできるのか知る必要がある。

 

余談だが、このブログ保護人には内緒にしていたのだが見られてしまった可能性がある。どちらもPCで作業をしていたのだが、何をしているのか聞かれ、覗かれてしまったのである。できればずっと秘密にしておきたかったのだ。ちゃんと覗けていなかったことを祈るばかりである(知られるとなんだか恥ずかしい)。

 

 

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